虹を超えた紙飛行機

Aqoursは落ちる

Aqoursはまるで紙飛行機だ。それ自体は飛ぶ力を持たないけれど、初めに力を与えられて、風に支えられ、飛んでいく。

 

 

高海千歌はいつだって、すでにそこにある何かを原動力としてきました。ゼロのように見えても、そこには確かに何かが残っていて。そのイチが高海千歌を突き動かします。

それはまるで、位置エネルギーが運動エネルギーに変化するようで。

事実、ラブライブ!サンシャイン!!というアニメにおいて「落下」を象徴とする描写は数多く登場します。

今回は、それについてお話させてください。

 

 

高坂穂乃果は確かに0から1を生み出しました。だから、彼女は跳ぶことができました。

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その姿はとても輝いていて、眩しかった。

しかし、強すぎる光は時に影を生み出します。

後の者たちは、必死にその輝きを手にしようと足掻きます。

しかし、足りない。

何かはわからないけど、足りないことはわかる。

鹿角聖良は語ります。

「それは、上手さだけではないと思います。むしろ、今の出演者の多くは先輩たちに引けを取らない歌とダンスのレベルにある。ですが、肩を並べたとは誰も思ってはいません。ラブライブが始まって、その人気を形作った先駆者たちの輝き。決して、手の届かない光」

先駆者たちの輝きは、後を追うものには決して手に入れることはできません。

当たり前ですよね。無謀な夢から始まったあの伝説を再現するには前提から違いすぎます。

だから、跳ぶことができない高海千歌は落ちるしかありません。

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そしてイチをゼロにして終わり。

先駆者の輝きに魅せられて、始まって、がんばって、何かを達成できたりできなかったりして、それで、終わり。

普通はそうです。

それはそれで素敵な物語ではないでしょうか。先代から放たれた輝きが後々にも新たな物語を紡いでいる。誰かの原動力になっている。

いいお話ですよね。

 

しかし、そうはなりませんでした。

これはAqoursの物語です。

普通じゃない、本物の怪獣になった高海千歌が、Aqoursが、落下の果てに確かなものを残した物語。

何かを達成して終わりじゃない、その先で何かを残したのです。

それは、一体どんなものだったのでしょうか。

 

渡辺曜は落ちる

「すごーい!あんな遠くまで飛んだ!」

「次は千歌ちゃんが飛ばす番だよ!」

「私だって…それ!……あぁ〜…もう少し飛ぶと思ったんだけどなぁ…」

「千歌ちゃんもう一回!もう一回だよ!」

みかん色の髪の少女に、彼女は言います。

それでもやっぱり、紙飛行機は墜ちてしまって。

 

「これ、あなたの?」

ワインレッドの髪の少女は問いかけます。

「うん、そうだよ!」

みかん色の髪の少女が答える。

「もっと遠くまで飛ばせる?」

その問いかけに答えたのは、今度はみかん色の髪の少女ではなく彼女。

「飛ばせるよ!もっと!虹を超えるくらい!」

彼女──渡辺曜は、信じているのです。少女、高海千歌を。自分だってそこまでは飛ばせなかったのに、高海千歌なら飛ばせるのだと。

 

 

渡辺曜は、いつだって落ちてきました。

概念的な意味ではなく、物理的にです。

そう、高飛び込みです。

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何かを始めてもすぐに諦めてしまう高海千歌と、幼い頃からずっと高飛び込みを続けてきた渡辺曜

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あの紙飛行機の飛距離にそっくりですね。

彼女にとって、落ちることは諦めること。

それでも、渡辺曜はひとり落ち続けます。高飛び込みという孤独な競技を続けます。

本当は、誰よりもすごい力を持っている幼なじみと肩を並べて何かをしたいのに。

それを諦めて落ち続ける。

高飛び込みはまさに渡辺曜の象徴そのものです。

G'sコミックスにおいても、渡辺曜高飛び込みをしています。

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その対象が「高海千歌」か「誰でもいい」かの違いはあれど、「誰かと一緒に何かをしたい」ということは共通しています。

それでも渡辺曜には高飛び込みの才能がありました。

だから、やりたいことを諦めて落ち続けるのです。

しかし、そんな渡辺曜の元にも奇跡が舞い降ります。

そう、スクールアイドルです。高海千歌にとってそうであったように、その場に共に居た渡辺曜にとってもそれは奇跡で。

彼女はついに憧れの幼なじみと同じ夢を追うのです。

軽いココロ 遠くへ飛んでけそうだ Jumping up!

「Paradise Chime」より

スクールアイドルを始めた彼女は、幼馴染と同じことを始めることができた彼女は、落ち続けていたあの頃とは違います。

だから彼女は、跳んで、言うのです。

 

「Oh yes, ドキドキ Sunshine!」

 

津島善子は堕ちる

不安定なものはエネルギーを放出して安定しようとする。

物理法則の基本ですね。エネルギー準位が高いだとか、ポテンシャルエネルギーだなんて言ったりします。エントロピー増大の法則なんてやつもあります。

 

ヒトはヒトツの存在とは限らない

「in this unstable world」より

 

津島善子/ヨハネはまさに不安定な存在です。人間と堕天使、2つの自分が共存しているのですから。

ノリノリで堕天使として自己紹介をしたと思ったら急に素に戻ったように逃げ出してみたり、かと思ったらまたノリノリで生配信をしていたり。どっちつかずで、不安定。

だから、彼女は何度もどちらかの自分を捨てて安定な状態になろうとしました。知り合いのいない学校で堕天使を謳歌しようとしてみたり、堕天使を捨てようと逃げてみたり、自分を堕天使たらしめる見えない力を否定してみたり。

 

どちらも私だ わかって

「タテホコツバサ」より

 

本当はどちらも自分らしさであるべきなのに。

だから、Aqoursはそれを許しません。

国木田花丸/ずら丸は彼女を「善子ちゃん」と呼びます。

高海千歌/千歌は彼女を「ヨハネちゃん」とも「善子ちゃん」とも呼びます。

桜内梨子/リリーは見えない力を「運命」と呼びます。

それはまさに、彼女があらゆるものに名前を与え定義づけた行為そのもので。

 

彼女は名前の持つ力をよく知っています。「名は体を表す」なんて言葉もありますよね。

だから、彼女はまず名前を与えることで認識します。

表現を以て認識を変えようとするのです。「楽しいから笑うのではなく笑うから楽しい」みたいなやつです。

特に、善子と向き合う花丸には「ずら丸」、ヨハネと向き合う梨子には「リリー」と名付けます。

他にも色々と名前を与えてきました。

ずら丸、リリー、リトルデーモン、ライラプス、……善子、ヨハネ、運命。

Aqoursは、彼女のルールに則って、彼女がどちらか一方の存在であることを否定します。

どちらかの存在をなかったことにしてしまわないように。堕ちきって、壊れてしまう前に。

 

でも、ヨハネはよく否定されるじゃないかって?

そうですね

でも、それは少し違います。

ヨハネは、「無」なのです。

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すなわち「無」とは、すべてが無いのではなく「無」という状態があるということ

ラブライブ!サンシャイン!! 2期2話「雨の音」より

 

突然ですが、あなたは「クミチパ」というものを知っていますか?

 

 

 

…知らない?

 

 

 

 

…マジ?

 

 

 

 

…そっかあ

 

 

 

まぁそりゃそうです。今私が適当に考えた言葉ですからね。

怒らないでください。石を投げないで。

さて、この言葉を聞いてあなたは何を思いましたか?

「知らない」と思った人はいても「そんなものはない」と思った人はいないはずです。

何が言いたいかというと、私たちは、存在しない概念を否定する術を持たないということです。

つまり無は、存在の否定として存在と不可分なのです。

そうしてヨハネは否定されることによってその存在を肯定されます。否定も無視も、それが存在してないとできないのですから。

 

 

要は、Aqoursは善子もヨハネも肯定するということです。

津島善子/ヨハネがどちらかに堕ちきってしまう前に、Aqoursは再び不安定に安定させようとします。

そうして彼女は、逃げ続けた果てにAqoursという居場所に辿り着いたのです。

 

天界より舞い降りし堕天使。

かつて、堕ちた地上を

仮の棲家と見做していた彼女は、

光をたたえた世界に触れる中で

聖なる翼を手に入れ、

再び空へと舞い上がる──

LoveLive!Sunshine!! Aqours magazine ~TSUSHIMA YOSHIKO~より

 

桜内梨子は飛ぶ

「だって、ピアノ弾いてると空飛んでるみたいなの!自分がキラキラになるの、お星様みたいに!」

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幼少期、桜内梨子はそう言いました。

 

転校生という特性が象徴するように、彼女はこの物語において異端そのものです。

スクールアイドルに誘われて楽しそうに歌ったと思ったらすぐに断ったり、沼津の象徴として至る所に現れる犬を唯一恐れたり、誰もが当たり前に思っていたものを沼津の魅力と気づかせたり、あの世界でただ一人全てのことに意味があると気づいたり…

挙げていったらキリがありません。

そして彼女は、あのμ'sと同じ音ノ木坂にいたらしく、昔から空を飛んでいた。

しかし、今はそんな様子ではなく、ピアノに向かう姿はどこか苦しそうです。

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かつて空を飛んでいた桜内梨子は、地に落ち、俯き、輝きを失ってしまいました。

こうして桜内梨子は、沼津という地で落ちていきます。

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しかし、高海千歌渡辺曜に導かれるままに上を向くと、光が彼女を照らします。

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そうして彼女は、水面のピアノに手を伸ばし輝きを取り戻します。

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空と海とが とけあった世界

水面にピアノ 宙に浮かべて弾いてる想像

さあずっとずっと一緒に歌おう

「水面にピアノ」より

 

こうして再び空を飛ぶに至った桜内梨子がたどり着いたのは、雲の上のステージ。

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そこでお星様に囲まれて、青に染まる場所に至りました。

それでもなお、彼女は歌うのです。

 

青さの果ての輝きが見たい

「水面にピアノ」より

 

松浦果南は沈む

松浦果南は恐れます。

何かを失うことを。

だから、いつだって彼女は多くのことを諦め、その手で終わらせてきました。

そうして諦め、傷つき、恐れ、落ちていき、海の底に閉じこもります。

 

もう私は泣いてられない さあ潜ろうか

「さかなかなんだか?」より

 

それでも、決勝に挑む彼女は、海の底に足をつけつつも地上にいました。

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では、彼女に一体何があったのでしょうか。

 

 

彼女は、いつだって最悪の結果を想定してきました。それゆえに、何かを失うことを過剰に恐れてしまいます。

それは、新生Aqoursに加入した後も相変わらずで。

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あの時松浦果南に諦め、終わらせる決断をさせた挑戦。それを誰かが背負う選択から、逃げ続けます。

 

それでも

 

「やっぱり、それしかないよね」

そう言ったのは他でもない、小原鞠莉

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しかし、松浦果南はやはり最悪を想定します。

そんなことになるくらいならこんなものなくなってしまった方がいい。

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そうして投げ捨てたこのノートは、海へと落ち、海の底に沈んでいく

 

 

 

───はずでした。

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跳んだのです。

小原鞠莉が。

誰もが落ちて、堕ちて、沈むこの世界で。

Aqoursのため、浦の星のため、松浦果南のために。

そうして彼女たちは、その挑戦の決断を取ります。

 

しかし、やはり跳ぶことはあまりにも困難で。

高海千歌は何度も何度も失敗し、傷つきます。

それでも高海千歌は今度は落ちません。諦めません。

そんな高海千歌に彼女は言います。

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「よくやったよ千歌、もう限界でしょ?」

やはり誰かが傷つくのは怖い。失いたくない。

彼女は再び諦める選択を持ちかけます。

 

それでも高海千歌は諦めませんでした。

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色々なことを諦めて、投げ出してきた彼女が

普通の自分が嫌で、自分の力で何とかしたくて

そうして何度も何度も何度も何度も挑み続けて

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ついに高海千歌は跳びます。

松浦果南がかつて諦めた景色を見せます。

でも、それだけじゃない。

高海千歌は彼女を諦めさせなかったのです。

ずっとずっと何かを諦めてきたのに。

高海千歌はそれをさせませんでした。

だから、言うのです。

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ありがとう、千歌

 

落ちて、飛ぶ

そうです、Aqoursは跳んだのです。

ずっと落ちていたAqoursは、ついに跳びました。

また落ちそうになったりもしたけれど。

それでも今度は、落ちてしまわないように、壊れてしまわないように、押し上げてくれる人たちがいて

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そうして再び跳んで、駆け登って

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その先にあったのは

そう、雲の上のステージ。

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雲の上はいつも晴れていて、そこを彼女たちは青く染め上げます。

そして、彼女たちは歌うのです。

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心は、青空へと跳ぶのだと。

 

 

こうして、彼女たちは飛びました。

新たな原動力、イチを生み出しました。

ゼロからではないかもしれない。それでも、確かなイチを。

それは、実績のことではありません。

それは、想いのことです。

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彼女たちの輝きは、それを見た誰かの心に残り続けます。

彼女たちが卒業して、あの砂浜からいなくなっても、その輝きに魅せられた誰かの手によって、Aqoursの文字は刻まれ続けます。

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Aqoursが生み出した新たな想い、輝き、そこからまた新たに生まれる想い。

それらは残り続けます。決してなくなったりしません。

それは私たちにだって同じです。

この物語を見て何かを始めたり、始めたいと思ったりした人は少なからずいたと思います。

なんだっていい。

それは、絵だったり、文字だったり、歌だったり、楽器だったり、勉強だったり、スポーツだったり、頑張ることだったり、諦めないことだったり、夢だったり。

そういったことを。

そうでなくたって、今この文章を読んでいるあなたならきっと何かを感じていたはずです。

Aqoursの放つ輝きは私たちに確かな光を宿しました。

だからこそ、Aqoursは何度も問いかけてきました。

初めからずっと。

それを確認するように。想いを確かめあうように。

 

 

 

 

「君の心は輝いてるかい?」